北海道美瑛町ガイドの山小屋公式WEBサイト ガイドの山小屋は「パタゴニア」のサポートをいただいております
Stuart Highway 3080km
|
Pine CreekからElliotへ
至るところでブッシュファイヤー(野火)が見られる 第二週目(1) 熱帯雨林からサバンナ気候へ パインクリーク〜キャサリン 日記から
10/31 Hayes Creek 閉鎖されたロードハウスの廃キャンプ場で泊まらせてもらった。ここにもマンゴーの木がたくさんあって昨夜は落果したマンゴーを6個たべた。深夜まで気温が30度を下回らないうえ夜行性の小動物たちがマンゴーの木のまわりにやってきて夜通しゴソゴソやるので寝不足気味。 きょうも暑くなりそうなので頭から水をかぶって出発。まずは35℃、快適だ。 昼前にEmerard Splingsという素敵な名前のロードハウスに到着したが、ここも閉鎖されていてがっかり。補給はおあずけ。早く牛乳のみたい。 昼すぎ、きょうも気温が40℃に達した。木陰を探して休憩。ほとんど気絶するような感じで地面に伏せて少し眠る。あまり食べておらず衰弱しているようで力が入らない。
牛乳を飲み干したとき1日1往復のグレイハウンド(大陸縦断バス)がやってきた。ふと、コレに乗ったら〜と考えてしまう。体が弱ると気持ちも弱る。体力を回復させたいのでちょっと高いけどモーテルに泊まることにする。部屋に冷蔵庫があるのがうれしい。Pine Creek2泊 写真はPine Creekの風車。地下水を汲み上げている。 11/1 Pine Creek 肉が食いたくて買ったハムの缶詰がおそろしくマズイ。塩辛いというか塩そのもの?1kgを食べきるのは辛かった。また副食のビスケットはおそろしく甘くて吐き気がする。まともなものは牛乳だけ。この国の味覚にはついていけない。 11/2 Pine Creek エアコン付きの快適な部屋で2泊もしたので元気になった。北部はそろそろ雨季に入るため朝は曇り空で気温は33℃。午後も気温は上がらず最高気温は37℃止まり。おかげで90kmを半日で走りきる。休息したおかげで体調よく楽勝ムードでKatherineに着く。人口7000人ほどの大きな町だ。 大型スーパーWoolWorthがあった。ローストチキンを1/2羽買った。肉に飢えていたから夢中で食べた。2週目に入ってようやく、なんとなく通じる英語が話せるようになってきて嬉しい。公衆電話で家族に無事を知らせる。 大型スーパーもうれしいけど薬局があるのがうれしい。日焼けがひどくなってきたので日焼け止めリップや治療薬などを購入。この国の強烈な紫外線に資生堂アネッサが効かない。腕には日光湿疹が現われている。顔はボロボロ、唇は破れたポリエステルみたいになっている。
ゴキブリもトロピカル。おまえはアディダスかよ!ラリマーのシャワールームにて 左写真 第二週目(2) Pubもいろいろ Mataranka〜Larrimah キャサリンを出発して間もなく、トラブル発生。食料袋が破れ始めて中身が今にもこぼれ落ちそうになっている。なんてこった!気温は 午前中は31〜38℃、午後には40℃に達した。木陰に潜りこむが、周囲の乾燥が進み、木陰を得られるような樹木を探すのが困難になりつつある。 Matarankaのパブはアイリッシュな感じで素敵だが、オーナーは少々気難しい。いくら声をかけても返事をしないし完全に無視をする。ちょっと間をおいてから少々強引に声をかけたら、あからさまな敵意をむき出しにしてくる。おまけに、パブ併設の部屋の宿泊費がロンリープラネット記事の倍以上。文句あるなら出て行け、という態度。でも他に宿がないので泣き寝入りする。 苦手なタイプだ。 パブの近くのストアに買出しにいく。女性店主はピリピリしていて目が非常に険しい。ニコリともしない。全身で警戒しているような印象があった。 なんちゅうトコやねん、Mataranka。 パブの向かいには公園があり、この周辺が居住域になっているアボリジニが大勢集まっている。昼間からビールを飲み、大騒ぎをしている。パブのオーナーや食品店の女店主らの険しい態度はたぶんこれに関係があるのではないかと思われた。あきらかに異常な光景なのだ。 夜になっても彼らの大騒ぎは続いた。治安の悪さをはっきり肌で感じた。外出はできないと思った。あの公園に引きずり込まれたら最後だろう。 部屋に籠って食料袋の修理をした。テレビはあるけど写らない。冷蔵庫もあるけど冷えない。にも関わらず、旅行中でいちばん高かった部屋はココ。(苦笑)
その潔さが嬉しくて笑ってしまった。僕にピッタリ。 なんとなく美味しい食事にありつけるような気がして夕食はパブの、半分屋外のようなダイニングで食べることにする。でも、メニューはやっぱりTボーンステーキやローストチキンなど、いわゆるアウトバック的なものばかり。
一見したところ、げっ!チキン1/2羽かよ。どこが軽いねん。と思ったけど、中華薬膳のようにあっさりしていてたちまち完食してしまった。 とても、とても美味しかった。(左写真) どこからともなく蚊が1匹飛んできて腕にとまる。パチン。どこからともなく野生のワラビー(小型のカンガルー)がテーブル脇にやってきてジ〜ッと僕をみる。少し離れたテーブルでは昼間からずっと同じメンバーのお年寄りたちが何をするわけでもなく座っている。 ここには今も昔も変わらないアウトバックの心優しい時間が流れていた。 第二週目(3)
スチュアートハイウェイを南へ南へと走っている。単調な毎日が続いている。日本列島では北に進めば気候が冷涼になるように、ここでは南へ行けば気候は穏やかになるはず。しかし、むしろ激しく厳しくなっていく。周囲の乾燥は日ごとに進み、最高気温は連日40℃を超える。それがすっかり当たり前になってしまった。 この日もハイウェイを南へと走っていた。この日のは93kmの道程だったが、午後に入ってきょうも気温が40℃を超えて、僕はバテバテになっていた。あと10kmでDaly Watersに着くがペダルを踏む姿は元気がなく、時速は15kmを下回っていたと思う。ふらり、ふらりと進んでいただろう。 猛スピードで後ろからやってきたピックアップトラックが、追い越しざまにふいに僕の目の前の路側に寄せて急停車した。中から2人の大男が降りてきた。ひと目で牧童とわかる男たちだ。年齢はそう、30歳前後だろうか。でも白人の歳ってよくわからない。 Hey guys!とヒゲのほう。ペラペラペラと、もうひとり。片手にムービーを回している。まるで取材するかのようなカンジ。 「ビール飲もうや!」 君ら、運転中じゃなかったかい?ま、いいんだろうね。アバウトな国だから。 僕に?もちろんさ!欲しいだろ?うん。だから、遠慮なくいただく。飲みながらインタビューをうける。ま、インタビューというか、世間話。ムービー氏がカメラを回している。日本製のビクターのビデオカメラだった。 まず1本。一瞬で飲み干した。だって喉はカラカラだったから。350mlなんて砂漠にこぼれた1滴みたいなものだから。 「うまいー!」日本語で叫ぶと、2人はキチガイみたいに笑い転げた。 「天国だー!」英語で叫ぶと、ヒゲのほうがたちまちもう1本フォーエックスゴールドの缶を投げてよこした。飲みながら話をする。 「どこから来たの?」「日本かい!」「アリガトウゴザマシタ」(たぶん「ありがとうございます」だと)ま、そーゆーカンジでいろいろ聞かれる。それに応える律儀な僕。でも、だんだん面白くなってきた。カメラ目線とかしてみる。 「ま、ビールもっと飲みなよ」 僕らは上機嫌で飲みまくり、しゃべりまくった。僕の英語はあまり通じていなかったはずなのに、なんであんなに盛り上がったのか、いまだによくわからない。 だからビールって、最高! 飲みすぎて走れそうもなかった。兄弟がダーリーウォーターまで送ってくれることになった。自転車をピックアップトラックにど〜んと乗せて、ビール片手に三人でドライブした。10キロは自転車では40分くらいかかるけど、車では5分くらいしかかからなかった。
別れは寂しかった。住所くらい聞いておけばよかったと思った。砂ぼこりを巻き上げてトラックが走り去ったあと、大切な友達を失ったような空虚な気分になった。 飲みすぎたので、この日は肝心のご機嫌なパブでは一滴のビールも飲む気がしなかったのは残念! ※この兄弟はこのあたりの大牧場主らしい。見せてもらった彼らの牧場の地図は四国と同じくらいの広さがあった。彼らは「日本と同じくらい」と言ってたけど。どちらにせよ、すごい金持ちのはず。でもジーンズは擦り切れてトレーナーは裾がほつれていた。ま、カウボーイとはそーゆーものなんだろう。しかも、2人とも男前だった。 第二週目(4) 暑さの洗礼3 タナミ砂漠へ、そして気温は45℃に
まだ暗いうちに起きて夜明けに出発する。午後13時にいったん休息、太陽の閃光が少しだけ穏やかになる午後16時頃に再び走り始める。うまくいけば13時までに行程が終了することもある。暑さをしのぐために出来ることはこれくらいが精一杯。僕の1日はこのようにして繰り返されている。 自転車旅行者は太公望に似ていると思うことがある。どうも話が大きくなる傾向があるようで、2、3割ほど割り引いて聞いておいたほうがいいと思うことも多い。そんな調子だから、自分は1日に200km走るとか300km走るとか、得意満面、鼻を膨らませて語る人がいるけれど、アウトバックでもそれをやって欲しい。ぜひとも挑戦してほしい! でも、たぶん命を落とす。ここは、そういうところだから。 毎年、何人もの旅行者がアウトバックで命を落とすという。彼らの多くは熱中症で命を落とすそうだ。また、ブッシュファイヤー(野火)にまかれて命を落とすこともある。 大自然は容赦がない。残忍な殺人鬼よりもさらに、残酷だと思う。
11月7日の日記から: 乾燥が進み、植物は一層まばらになってきた。岩と砂、それからハイウェイの粗いアスファルト。わずかなブッシュ。ところどころに背の低い潅木が見られる。そして、猛烈に暑い。閃光に全身を焼かれながら、Eliottに正午頃に到着する。きょうは105km走った。 タナミ砂漠北端にある人口70人ほどの小さな町。町の中心にはパブがありガソリンスタンドはなぜか3軒もある。小さなスーパーマーケットもどきもある。あまりに暑いのでホテルを探す。キャンプなどできるはずがないし、このまま閃光と熱風に身を焼かれながら夜を待てそうもない。まるでオーブンのよう。そもそも樹木が少ないので木陰も少ない。おまけに、これは!と思う木陰には必ずアボリジニの先客がいて僕のような余所者が潜りこむ余地はどこにもなかった。 ところが、パブにも小さなモーテルにも空き部屋が残っていなかった。よく肥えたパブの主人は申し訳なさそうな顔をして首をふった。僕はうなだれて店を出る。 せめてシャワーだけでもと思い、キャンプ場へ。赤い砂地のうえにテントを立てたものの中に入るなんてとんでもない!そんなことしたら燻製になってしまう。それに、そこらへんじゅうアリだらけ。 やたらと噛み付いてくる。 とりあえずシャワーで体を冷やす。水の栓をひねるが出てくるのは湯だ。まあそんなことは初日から毎日続いていることなので驚くことではない。ここではホットシャワーなど必要ないのだから。湯船なんかに浸かるのは変態のすることだと断言できる。 まして温泉など、とんでもない。 なんとありがたいことに、ここのキャンプ場には小さなプールがあった。一応プールということになっているけど、大きめのジャグジーというかスパというか。4m×6mくらい。泳ぐことなどできないけど、循環されたきれいな水が張られている。 夕方7時過ぎまで体を水に浸して過ごした。水から出ると日焼けして喉がかわくからずっと水に体を浸していた。気温45℃でも耐えられる。プール最高。
これから先、2千kmにわたって延々と砂漠が続く。 単調な毎日。いつもGPSの数値ばかり見ていた。 「あと何キロで次の町…」それだけが楽しみだった。 第二週目(5) ガイドブックには載っていないアウトバック的、日常風景
北海道美瑛町ガイドの山小屋公式WEBサイト ガイドの山小屋は「パタゴニア」のサポートをいただいてます
|